10. アトピー性皮膚炎の症状

 アトピー性皮膚炎という病名がそうでないものも含めて街中にあふれ、混乱しているように見受けられます。「アトピー性皮膚炎です」と言って来院なさる患者さんのなかにアトピーではなく、単なる湿疹であることがかなり多く見受けられます。現在、最もわかりやすい定義と診断基準は下記の厚生省心身障害研究「小児期のアレルギー疾患に関する研究」班のアトピー性皮膚炎の診断の手引きです。


A.アトピー性皮膚炎とは
 アトピー性皮膚炎とは、アトピー素因のあるものに生ずる、主として慢性に経過する皮膚の湿疹病変である.このため、本症の診断にあたっては、いまだ慢性経過の完成を見ていない乳児の場合を考慮し、年令に対する配慮が必要である.
 (注) アトピー素因とは気管支喘息、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎の病歴または家族歴を持つものをいう.
B.アトピー性皮膚炎の主要病変
1.乳児について
 a) 顔面皮膚または頭部皮膚を中心とした紅斑または丘疹がある.耳切れが見られることが多い.
 b) 患部皮膚には掻爬痕がある.
   (注) 紅斑:赤い発疹、 丘疹:盛り上がった発疹、 掻爬痕:掻き傷の痕
2.幼児、学童について
 a) 頚部皮膚または腋窩、肘窩もしくは膝窩の皮膚を中心とした紅斑、丘疹または苔癬化病変がある.
 b) 乾燥性皮膚や粃糠様落屑(ひこうようらくせつ)を伴う毛孔一致性角化性丘疹がある.
 c) 患部皮膚に掻爬痕がある.
 (注) 苔癬化:つまむと硬い、きめの荒い皮膚、 粃糠様落屑:米糠様の皮膚の断片
C.アトピー性皮膚炎の診断基準
 1.乳児について
   B-1に示す病変のうち、a)、b)の双方を満たし、別表に示す皮膚疾患を単独に罹患したものを除外したものをアトピー性皮膚炎とする.
 2.幼児、学童について
   B-2に示す病変のうちa)あるいはb)、およびc)の双方、並びに下記のイ、ロ)の条件を満たし、別表に示す皮膚疾患を単独に罹患したものを除外したものをアトピー性皮膚炎とする.
 イ)皮膚に痒みがある.
 ロ)発症後6ヵ月以上の慢性の経過をとっている.

(別表)以下に示す皮膚疾患を単独に経過した場合はアトピー性皮膚炎から除外する
 1)おむつかぶれ 2)あせも 3)伝染性膿痂疹(とびひ) 4)接触性皮膚炎 5)皮膚カンジダ
 症 6)乳児脂漏性皮膚炎 7)尋常性魚鱗癬(さめはだ) 8)疥癬 9)虫刺され 10)毛孔性苔癬

これを要約しますと、1)いずれの年令においても強いかゆみを呈する発疹である痒疹が必発である、2)年令により特徴的な湿疹の形態をとり、左右対称性に好発部位がある、3)慢性、反復性(乳児では2ヵ月以上、その他は6ヵ月以上を慢性とする)の経過をとる難治性の湿疹病変であることの3項目を満たすものをアトピー性皮膚炎といいます。


アトピー性皮膚炎の診断基準のなかでいくつかの医学専門用語がありますので説明します。
 湿疹とは
 体内から、あるいは皮膚を通してさまざまな原因が体にはたらき、その結果皮膚に現れる反応を湿疹といいます。
 肉眼的に紅斑にはじまり、丘疹小水疱膿疱が出現し、時間の経過とともに湿潤痂皮落屑が生じ、慢性化すると皮膚の肥厚(苔癬化)がおこり、褐色の色素沈着とその逆の色素脱失が加わった皮膚症状が認められます。これらの症状の変化は湿疹性反応と称され、湿疹の症状の時間的推移をまとめて”湿疹の三角形”といわれます。原因物が一時点で作用すると、これらの症状の一つが現れ、原因物が繰り返し加わると複数の症状がそれぞれ入り雑じって現れます。

アトピー性皮膚炎
 はアレルギー反応が関与した湿疹性反応をいいます。まず、基本に皮膚の過敏性と皮膚セラミドの減少がもたらすドライスキンと呼ばれる皮膚の乾燥があります。このため、外界から加わるさまざまの刺激に反応し、湿疹反応をおこします。これにより皮膚は乾燥し、皮膚のバリアー機能が障害された状態からジクジクに糜爛した状態まで、アレルギー反応をおこす抗原が侵入しやすい環境となり、接触性皮膚炎である4型アレルギー反応やIgE抗体が関与する1型アレルギー反応がおこります。食物抗原の場合は腸管から侵入し皮膚でアレルギー反応をおこすか、抗原が侵入した腸粘膜でのアレルギー反応から遊離されたサイトカインの作用で皮膚にアレルギー反応をおこすのではないかといわれます。



アトピー性皮膚炎の典型的臨床像(青い字が画像へのリンクになっています)

a.乳児期のアトピー性皮膚炎(1才まで)
 生後2ア月目頃から顔面、とくに両頬部から耳前部にかけて紅斑や小丘疹が出始め、耳介や首へと拡がり、ジクジクと湿潤し、かゆみを伴います。乳児期の特徴は湿潤することです。かゆがって泣いたり、引っかいてただれたり、乾いて痂皮、落屑することがあります。付着した食物やよだれにより湿疹が増悪しやすく、胸、背中、おしり、四肢へと拡がって行く傾向があります。頭やまゆげなどに黄色く、脂っぽいかさぶたが付着する脂漏性湿疹と似ていますが、アトピー性皮膚炎は痒みが強く、鼻先と口囲は侵されません。

b.幼児期のアトピー性皮膚炎(2才まで)
 1才を過ぎても顔の赤い小丘疹は出没を繰り返しますが、その程度は少しずつ軽くなっていきます。顔面以外にも頚部、腋窩、肘窩、膝膕、陰股部に間擦疹と呼ばれる湿潤性紅斑が生ずることがありますが、苔癬化局面はまだ目立ちません。このころから胸腹部の皮膚はザラザラと乾いた皮膚となり、冬季に増悪する傾向があります。夜ふとんに入って体が暖まるとかゆみが強くなり、しばしば耳たぶの下に割れ目ができる『耳切れ』が発生します。乳児期は消化管粘膜の防御機構が未発達なため、食物性抗原が吸収されやすく、なかでも卵と牛乳がアトピー性皮膚炎の原因抗原であることが多い。消化管が強くなる2才以降は食物性抗原の占める割合は少なくなり、85%位は自然治癒します。しかし残りは次の少年期に移行します。

c.小児期のアトピー性皮膚炎(12才まで)
 この時期の特徴はかゆみの強い鳥肌様丘疹が目立つようになり、皮膚シャツを脱ぐときに白い皮屑がまわり一面に飛んだり、主に顔面に『ハタケ』と呼ばれる白っぽい粉をふいたような斑点ができ、白癬(しらくも)と間違えられることがあります。もう一つの特徴は刺激を受けやすい場所、とくに衣服でこすれやすい肘の内側や臀部、膝の裏などにかゆみの強い湿潤性の湿疹ができ、これを繰りかえすうちに皮膚が象の皮のように厚くなり(苔癬化病変)、激しく引き掻くため出血、糜爛し、小潰瘍となり、後に小瘢痕を残すことが多い(ベニエ痒疹)。抗原はダニ、ハウスダスト、カビ、動物の毛や花粉などの吸入性、接触性抗原が主役となってきます。

d.思春期・成人期のアトピー性皮膚炎
 少年期のアトピー性皮膚炎は12才までに90%くらいが治癒しますが、残りの10%の人が思春期を過ぎても持ち越します。小児期の症状が更にひどくなり、ことに苔癬化病変は全身に拡がり、ひっかくことによってただれて、抗原がさらに侵入しやすくなり、悪化します。顔面では額を中心に苔癬化局面が形成され、眉毛の外3分の1がまばらになります(ヘルトゲ徴候)。
 全ての患者さんに現れるのではありませんが、最近の傾向として、成人期には小児期とはっきり異なる症状があります。 1)少しの温度変化で顔が真っ赤になり、それに続く眼のまわりの湿潤性発疹、2)頚部の網目状の色素沈着(ダーティネック)、3)体幹(胸や胴)・四肢の軽い腫れを伴う紅斑性変化です。これらの症状は経過の長い成人型アトピー性皮膚炎に見られるものです。


アトピー性皮膚炎の合併症
合併症のほとんどは皮膚のバリアー機能の低下による細菌、ウィルス、真菌の感染症です。

a. カポジ水痘様発疹症
 
アトピー性皮膚炎に合併する単純ヘルペスウィルスの初感染で、乳児ではお母さんの口唇ヘルペスウィルスからの感染が多い。高熱、倦怠感、リンパ節腫張を伴う小水疱、小膿疱が顔を中心として全身に多数出現します。加療により数日で軽快しますがヘルペスウィルスは再感染、再発症をくりかえすので、同一月に2度発症することもあります。ただし発症のたびに症状は軽くなっていきます。角膜炎を併発することもあります。
アトピー性皮膚炎の他にダリエー病、熱傷、日光疹、セザリー症候群などを基礎疾患として、原因は単純ヘルペスウィルスが圧倒的に多いが、コクサッキーウィルス感染でも発症します。

b. 単純ヘルペスウィルス感染症
単純ヘルペスウィルスには1型ウィルス(HSV-1)と2型ウィルス(HSV-2)とがあり、1型は口唇ヘルペス、ヘルペス性歯肉口内炎を、2型は性器ヘルペスを発症する。感染経路はウィルス排泄者との接触感染である。2型は性行為により感染するが、2型ウィルスを保有する親からの感染もある。
多くは初感染時には不顕性であるが、新生児や乳幼児では顕性、重症化することが多い。初感染治癒後も体内(主に三叉神経節)に潜伏し、免疫不全や疲労、種々の感染症、強い直射日光、精神的ストレスなどで何度も再発することがある。


口唇ヘルペス、ヘルペス性歯肉口内炎:(右写真)
 
最も一般的な初感染の症状で乳幼児によく見られる。平均4日の潜伏期間の後、38〜40度の発熱と共に口唇周囲や口腔粘膜、歯肉に発赤、小水疱、小潰瘍が出現して痛みのため経口摂取が困難となる。3〜4日で解熱するが、かなり長期間ウィルスを排泄するので、新生児に接触感染させないため、注意すべきである。
・新生児ヘルペス:
 主に母子感染によって発症する。生後14日以内に発熱、黄疸、呼吸障害、出血傾向が現われる。半数に中枢神経症状を伴い、致命率は80%にも達することがある。
・単純ヘルペス脳炎
 急性ウイルス性脳炎の中で頻度が高く主として1型ウィルスによる。
発症年齢は新生児から成人であり、どの季節にも起こる。年間発生はわが国では推定300‐400件である。
初感染時や免疫能の低下している時には重症化する。臨床経過は突然の発熱、けいれん、意識障害(幻覚、意識混濁、昏睡)、頭痛、吐気、嘔吐などの多彩な症状を示す。ウィルス性脳炎のなかで最も予後不良である。

c. 伝染性軟属種(水いぼ)
 
直径1〜5mmの半球状、茸状の淡褐色ないし常色のわずかに光沢を帯びた、中心に臍のような凹みを持つ小結節で、躯幹、頚部、外陰部に好発し、通常は多発します。圧迫するとモルスクムウィルスを含む白色粥状物質が排出されます。健常人でも感染し,6才以下の幼児が90%を占めます。アトピー性皮膚炎に合併しやすく、その際には痒みを伴い、ひっかくことにより拡がりやすい。プールで感染することが多い。ピンセットを用いてつまみとるのが原則です。

d.  膿痂疹(とびひ)
 
黄色ブドウ球菌の感染が原因ですが、ときにはA群溶血性連鎖球菌のこともあります。アトピー性皮膚炎に多く合併しますが、健常幼小児にも夏期に多い皮膚疾患です。アトピー性皮膚炎増悪因子の一つです。(伝染性膿痂疹のページへ戻る

e. 眼症状
 
思春期以降に眼周囲のアトピー性皮膚炎症状が強い場合におこりやすい。
 ・白内障
 ・網膜剥離
 ・眼囲皮膚炎、角結膜炎

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